>>331など

ここまでくると可哀想(ということもないが)。

早い話、評論家は売文で食っているわけで、そのためなら、たとえば
「リヒターは牧師の家に生まれ・・・」と書けば済むところを
思い切り誇張して(←評論家として食っていくため)
「リヒターは物心つかないうちから教会の雰囲気の中で育ち、
父親の読む聖書の言葉や、バッハをはじめとする教会音楽を母乳のよう
にして生活して・・・」(>>286
と盛大に原稿を水増ししながら、あの手この手で読者に催眠術をかけ
自分のペースに引き込む。文が売れればしめたもの。
また、原稿を水増しすれば原稿料はもっと増えるかもしれぬ。

だ い た い 、 牧 師 の 息 子 が 、 父 親 の 読 む

聖 書 の 言 葉 を 聴 か な か っ た ら 異 常 だ

早い話、>>286>>331は、リヒターに酔っている以上に、
リヒターを媒体にした評論家の売文に酔っているに違いない。

もしかすると、>>286>>331は、リヒターが遺した録音よりも
リヒターについて書かれた売文を読んだり受け売りしたり、の方が
よほど大切だ、というのが実態だろう。