ドヴォルザークの最後のオーケストラ曲である
交響詩「英雄の歌」Op.111は、作曲の翌年1898年にウィーンで、
マーラーが指揮するウィーン・フィルによって初演された。

これはドヴォルザーク版「英雄の生涯」だという説とか、
恩人ブラームス(1897年没)への追悼ではないかという説とか
色々言われるが、どうとらえたものだろう?