あの・・
知的障害という情報なしに感動できない云々・・を語るのならば、
純粋に彼の音楽について論じればいいのではないでしょうか。
父親がどうした、家庭がどうした、と言っているのは、
あなた方なのではないでしょうか。

個人的には、
知的障害というハンディーを背負いつつ、
家族の支えを受けながら音楽を作っていく、という過程に感動し、
その結晶としての音楽に耳を傾け、演奏会に足を運びCDを買う人がいる、
ということは十分に理解できます。
彼の音楽に勇気をもらい、励まされる人が現にいるのですから。
(アーカイブスを見て、私も確かに素直すぎる曲だな〜とは思いましたが)

それから、健三郎氏は、光氏の音楽活動において自分の名前が多大な影響をもっていること、
十分に認識しているのではないでしょうか。
ハンディをもっている我が子のために、親としてできるだけの援助をしてあげたいと思うのは、
当然の親心だと思います。
自分の死後、我が子が生きていくための経済的基盤を作ってあげたいとも思うだろうし。

子どもをもつ親として健三郎氏のやり方を批判する気にはなりません。