>>903,904
丁寧なご助言、誠にいたみいります。
チェリに関してもう少し私の感じるところを述べておきましょう。
>>888の発言は確かに失礼ですね。申し訳ありませんでした。
最初にチェリビダッケを聴いたのは、いつぞやの来日時の「展覧会の絵」でした。
FMで聴いたのですが、その遅さにオシッコちびりそうになったのをよく覚えております。
CDの時代になりいろいろな曲を聴けるようになってから、モツ40や海等も聴いてみました。
その後も友人からいろいろなディスクを借りて何度も挑戦したのですがダメでした。

チェリファンの方々のお話では、>>903さんも言っているように「音が澄んでいる」とのことですが
私が思うに、音が澄んでいればそれだけでよいのでしょうか?
時間の流れを脇へ置いていかなければならないほどですか?
晩年のソノリティへの傾斜は、それはそれで芸術的な到達点なんでしょうけど
私にとっては何か物足りないものがあります。
このスレの前の方でも書いてありましたが、
「音楽においては、素材を丁寧に積み重ねていっても壮大な構築物にはならない。」
と書いた方がいらっしゃいましたが、私もそう思います。

遅い演奏ということで、クレンペラーのマラ7を聴いてみると、ある音が鳴っているときの
緊張感がチェリのブルとは違うように私には聞こえます。
この緊張感は何から来るのかと考えてみると前の音あるいは後の音との時間的つながりから
発生するものだと思います。
敢えてその音の繋がりを無視した(と私には感じられる)響きには、何か意味があるのでしょうか?

と書きましたが、私一人の戯言ですので皆様気にしないでいただきたく思います。
ホント>>904さんが書いているように好みの世界ですからね。

ところで、先日HISTORYのチェリビダッケを買いましたが、あのブラ4は良いですね。
ほんの少しチェリを見直し始めたところです。チェリのブルックナーで1940〜1950
年代の録音というのは無いんですか?