朝比奈賛美者は、朝比奈の音楽ではなく、朝比奈の父性にあこがれたのだ。
そこのところ分からんと、音楽談義では否定者といつまでたっても平行線だ。

朝比奈賛美者は朝比奈の音楽ではなく、朝比奈自身を愛していたのだ。
だから、所々に「拍手もすべて収録せよ」という音楽とは的はずれな感想が出てくる。

朝比奈は音楽家としては2流だった。
しかし、N響とのブル8とシカゴのブル5だけは、指揮者として一流の仕事をした。

結局、オケが一定のレベルに達していないと、立派な仕事ができないのが朝比奈。
その点、最近大フィルの監督となった大植英次とは違う。

逆のいいかたをすれば、完成されたオケの常任になっていれば、1流指揮者と
呼ばれたかもしれない。