>>700
音楽行為は作曲者がヒエラルキーの上位にあって・・・
というモデルで音楽を考えるのはもういい加減やめにしたらと
思うことがあります。

音楽は演奏される場や空間によって、その音楽は音楽たり得るん
じゃないかと思います。

坂本龍一の身体感覚から離れ、演奏された音楽を異なった身体感覚
を持つものが聴くことによってその音楽はより多様な解釈や多様性
を生み出す。音楽とはそういうものなのではないでしょうか?。