>>699
仮に作曲者の意図通りの演奏があっても、
それを聴く側も演奏する側もメシアンや
シュトックハウゼンと遭遇した人たちな
のではないでしょうか?

そもそも時代考証にしても、現代に生きる
我々は現代の視点や世界観という色眼鏡で
見ることしかできないと思うんです。
だからピリオド楽器を用いた演奏であれ、
モダン楽器を用いた演奏であれ、我々が
自明としている世界観を前提に演奏していると
いう点を自覚した上で考えるべきべきなのでは
ないかと思うんです。

昔の人はこう演奏していたとするのなら、
それを受け止める我々はその音楽をどう
捉えるのか、それはあくまでも現代人が
現代の音楽として「昔の演奏を再現した」
という演奏を聴いているということは忘
れるべきではないと思うのですがいかが
でしょうか?