だいたいね、時代考証には、楽譜をあいまいに読むことすら含まれないのかな。

楽譜それ自体が時代考証の産物でしょうが。例えば、作品の真贋のような極端な例を
考えればわかるけど、時代考証はどんな演奏かも多かれ少なかれ考慮することになるんだよ。
あたりまえでしょ? モダン君は、バッハの作品が、どうしてバッハだとわかったとおもってるのかな?

楽器・音律・奏法などを考慮するのも同じレベルの問題だよ。要するにね、フルトヴェングラーの音楽は
間違いなく優れているけど、あれは相対的にアレンジが過ぎる演奏だということ。
よりアレンジが少ない演奏を、作曲者は意図していたんじゃないか、という点についてまで
疑問をもって、時代考証をしているだけ。

楽譜は適当に使い、楽器は好き好きでいい、という行為を禁止できない、という結論を
これみよがしに強調することに何か意味があるの?そういうのは、議論とは言わないでしょうが。