なんとなく古楽器奏者にも世代があってさ、素人な漏れの区分としては

第1世代 コレギウム・アウレウム、アーノンクール、MAK
オーセンティック追求期で「時代考証」的アプローチが強い時代(異論はちょっと待ってねw)

第2世代 ホグウッド、ピノック、ブリュッヘン(18Cオケ)
オーセンティシティの枠内での音楽の追求の時代

第3世代 ヘレヴェッヘ、ビオンディ、IGA、サヴァール他
オーセンティシティ前提。古楽器を有力な表現手段として幅広い表現を模索。

と、大まかに考えてるんだけど(この分類への異論も別の話題だからね)、

最近の第3世代って、作者の意図に近づこうとしているというより、
むしろ作品の可能性を追求する、っていうか作者の考えてもいなかった表現を
狙っているフシがあるような気がするのですよ。
作曲者の聴いていた(であろう物理的な)音(というオーセンティシティ)を逆手にとって
むしろ奔放に表現の幅を広げようとしているのではないかと。
つまり(逆に)彼らにとってはモダンか古楽器かというのは表現のための選択肢に
なってしまっているのではないかと思えるんです。つまり古楽器を選ぶにあたっては
彼らにとっての必然性はあるにせよ、普遍的な必然性ではないと思うのです。
いいかえちゃうと趣味で古楽器を選択している、ということです。
モダンと古楽器両方弾く人なんてもろにそういうことだと思うのですが。
求道的に考えるのなら古楽器しか弾かなくなっちゃうのでは?これは余分かな;。