>>610さん
その質問、あなたな的確に答えられるのですか?
私にはその質問の書き方では、意味すら理解できませんよ。

例えばAllegro ma non troppo
音楽は、時に憂いを帯び、言い尽くせぬ悩み、苦しみ、あるいは葛藤、憎悪、嫉妬
というような「負」の要因を表現して余りあるものです。
しかし音楽の本来的な性質は、
これら「負」の要因から「正」に向かう大きなエネルギーのダイナミックではないでしょうか。。
悩み、苦しみをあえて表すことによって、自己の心持を認識し、
その中から一点の光を見出し、いやされ、蘇りを得るカタルシスが音楽の力でそ。
ただ一つ留意したいのは、「正」に向かう力を得ようと躍起になったり、
ことさら明るくふるまうような「見せ掛け」「やらせ」、
というような”誇張”の傾向に陥ってしまうと、「真実」とは似て非なるものと言わざるを得なくなってきます。
あくまでも自然に素朴に…活性に向かう力は帯びていても自然さと単純さがなければ、
本当の「快活さ」ではなくなってしまいます。

会衆の心をひきつけ演奏に聞き入っていただくことの要素はただひとつ、
演奏されていることが演奏者にとっても、
会衆にとっても「真実」であると思わしめられることに他なりません。
「演奏」は、過去の真実な体験を「舞台、講壇」の上に持ち出し再現、再創造すること。
音楽は、ものの「見方」とか「考え方」ではなく、「現実」を何度も倍化して味わい続けるもの。