342も、351で「作曲者のメッセージ」というより「Vison」
というほうが適切だと言っているので、この時点で、
この論争は一つの終結点を迎えたと言えましょう。
反対に、プロコフィエフのピアノ協奏曲第2番を聴いても
Visionが喚起されない人もいるでしょう。
作曲者が作品にどういう意図がこめていたか、
という議論をしているようで、実際には、聞き手がどういうVsionを
抱いたか、という議論をしていたのです。

まぁ、そろそろ本題に戻りましょう。