作曲という行為は、作曲家にとっては自己実現の手段だが、
その結果生まれた作品という産物は、
聴き手にとっては鑑賞の対象たる客体にすぎない。
聴き手が作品に「メッセージ」を感じたとしても、それは、
聴き手の私的な体験に過ぎないのだ。
その私的な体験を、作曲者のメッセージと主張するのは、
芸術に対する冒涜である。