クレーメルの本は読んだ。渡辺和彦のヴァイオリニスト33のシェリングも読んだ。
クレーメルは晩年アル中になったシェリングしか知らずにああいうことを書いたんだろう。

芸術家に大事なのは正義心だと思う。
シェリングは立派な芸術家だ。

第二次大戦中、約300回の慰問演奏会を開いた。
   (1939年・南仏プロバンスの野戦病院での演奏会の話は有名)
   (ポンセ「小さい星」の演奏中に独兵に発見・砲撃されそうになったが、 
   独軍の隊長が砲撃を許可せず、演奏会は無事に終わった。
   シェリングはこんな最前線まで行って演奏していた!
   人に指図されることを嫌がり、不満ばかりこぼすクレーメルにできることなのか?)
1942年ポーランド難民移住計画交渉のため通訳として首席のウニンスキーに同行した。
30年以上シェリングとコンビを組んだチャールズ・ライナーの回想
  シェリングは私が『伴奏者』と紹介されると強く抗議した。
  「ライナーは私の『共演者だ』」と言っていたかのようだった。
  (カナダ・リサイタルのライナー・ノーツ。原文は英語。もっと長い)。

クレーメルはシェリングの演奏もぼろくそに言ってるが、全く同意できん。
漏れは、シェリングの才能を認めた人(フーベルマン、フレッシュ、ティボー、ルービンシュタイン、モントゥ、ポンセ、ミュンシュほか多数)の意見を信用するね。