>6番が理解できないというオーマンディが理解できない(w
オーマンディという指揮者の日本におけるレコ芸的評判の先入観で
シベリウスを実際に聴いてなくてこーゆー意見出てしまうのは
やむをえないのだけど(実際ソニー盤の2、7はすばらしいのだが)、
そもそも6番の3、4楽章ってダサくね?そのダサさを「理解できない」と
言って敬して遠ざけるのと職業的にこなしてしまうのとではどちらが
作曲家に対して誠実である、といえるのであろうか?(なーんてコテンパンにたたかれそう)
ちなみに俺は繰り返し聴いてるうちにダサさに不感症になりました・・・