本当に宇野功芳は馬鹿だと思う。

彼のような馬鹿が、日本のクラシック音楽の評論の中で大きな位置を占めていること自体が信じられない。
普通に一冊読んでいけば、実はクラシックにほとんど知識がなくても、でたらめな論理展開や、前後矛盾や、変な日本語や、常識では考えられない独断や、独善に気がつくはずだ。
宇野の跳梁跋扈は、さほど量的には多くない(実は本当に少ない)日本のクラシック音楽にも、通俗に流れる人、通俗しか理解できない人が多いということの証明だと思う。