帰ってきたルドルフ・ケンペ
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0033名無しの笛の踊り
03/04/29 12:33ID:???>>31さんのレスへ
もう少し補足しましょうか。
カラヤン存命中まで、ケンペが不当な評価を受けていたと考えるなら、それは偏った見方だと思いますよ。。
ケンペは1976年に世を去りましたが、そのころは >>3にあげた盤が評価されて、ケンペファンは日本でも
かなり多かったと聞いています。BASF(バスフ)やアカンタといった、今でいえばナクソスやブリリアントの
ようなレーベルで発売されたものも多くあります。80年代に入っても主要な音源は国内盤で発売されていました。
ミュンヘン・フィルもチェリビダッケが音楽監督を引き継いだ時には「この楽団には室内楽的な良さがある」と
かつての首席指揮者ケンペの音楽作りを誉めていました。
ウイーンとベルリンの2大楽壇には立たない(立てない?)けれど、地方都市のオーケストラで良い音楽をしたい。
ケンペはそういう指揮者だったんじゃないでしょうか?ヴァントがケルン、ラトルがバーミンガムでそうしてきたように。
それにカラヤンも、フィルハーモニーにはきちんと客演指揮者を招聘していましたしね。
歴史の上で、陰謀説を唱えるのは簡単ですが、簡単には「〜の陰謀」とは断定できないと思いますよ。
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