テンシュテットの主な経歴 おさらいね。

1926年にドイツ東側のメルゼブルクに生まれる。ライプツィヒで音楽を学んだ。
ヴァイオリニストとしてスタート後、1952年にハレ市立歌劇劇場の首席指揮者に。
その後東の歌劇場でキャリアを積み、1971年に西側へ亡命。最初はキールを拠点に活動。
カラヤンが自らの後継者の一人と発言したことから、一躍有名指揮者となる。
1979年、北ドイツ放送交響楽団の首席指揮者となるが、西ヨーロッパでの演奏旅行中に突然辞任。
その後、ロンドン・フィルハーモニーの首席指揮者に迎えられ、マーラー全集など数々の名盤を残す。
1984年、アメリカ演奏旅行中に喉頭がんが発見され。首席指揮者の任を降りることを発表する。
だが、LPOは彼に桂冠指揮者の称号を贈り、彼を指揮者から外さなかった。1991年ころまでLPOと
演奏会を行うが、その後は活動が聞かれなくなり、1998年、療養していたキールで亡くなった。