>>54 遅レスで申し訳ないがレス感謝。小生も若い頃はそう思った。今40台前半だが。

小生の場合クラシックに対する受け止め方は25才位の時に変わった。
社会人になると素直に理念・理想的な物を信じられなくなった。

無理に斜めに見る必要はないと思うが、作曲家や演奏家のパーソナリティに興味を持ち出し
「人間的にほとんど壊れ物のような輩が何故かくも美しい物を創りあげる事が出来るのか?」
と考えるようになった。
彼ら全てが壊れ物という訳では勿論無いがそういう輩が多いのも事実。作る者弾く者聴く者共々。

だからベートーヴェンの「運命」や「第九」を聴いても「つくづく電波だなぁ」と。
まあ良く鳴るから「ああすっきりしたー!」と生理的快感を味わうには良いのだが。

発達心理学者のピアジェが言った言葉だったと思ったが 「バッハは脳のために、
ワーグナーは腸の為に、モーツァルトはその両方の為に聴く」というのは至言かと。
ワーグナーだったかベートーヴェンだったか間違っておればスマソ。