>>727
それはつまり

 “カラヤンの演奏は大衆的過ぎるから
  彼の指揮によって演奏された交響曲など
  交響曲とは言えない”

という意味か? たしかに貴殿の解釈を採るなら

  【そうでもない!!】

という句に紛れもなく表出されている“断定の意志”はうまく捉えられるであろう。
しかし一方で、「そうでも」の部分に含まれている一種の躊躇い、
すなわち、意見表明が独善的にならぬようにと慮る筆者の謙虚さを
完全に掬い取れないように思うのだが。いかがであろうか。

1は、自己の内に抑えがたく燃え上がる断定の意志を言明しておきながら、
それと矛盾するような他者への配慮をも、同時に示しているわけだ。
彼あるいは彼女は、己の発言にかような齟齬が生じてしまう事態を甘受してまで
いったい何に対して、また何ゆえに、そのような配慮をしているのであろうか?

また>>729氏も触れているように、
「大衆的」という概念を1がどのように理解しているのか、この点も解明されねばならない。
ただ、>>727氏の解釈に採るならば、
少なくとも1が交響曲を大衆的なものだとは考えていないこと、このことは明らかになる。

我々の課題は簡単に尽きそうにないようだな。研究員諸君!