第2の点はつぎのとおり。

 2.「そうでもない」という、批評言語としては本来回避すべき曖昧かつ
   無責任な表現が、はからずも暗示に富んだ批評表現になっている点。
   「そうでもない」という以上、「世間で言われるほどではない」と
   主張したいのだろう。だが、いったいカラヤン氏を巡るどのような評価が、
   世間一般においてコンセンサスを得ていると筆者は考えているのか。
   スレタイにおいてこの点は完全に隠蔽されている。オープングの辞を
   読むと、「大衆的過ぎる」といういささか非難がましい調子を含んだ
   表現が見られる。すると筆者は「世間では高踏的と見なされるカラヤン
   だが、そうでもない」と言いたいのか? しかし、標準的なカラヤン批判
   はまさに「大衆的」であるという点にこそ向けられていたのではなかったか?
   筆者は、標準的な「定評」をここで覆し、定評というものがもつ誤謬を
   嘲弄しているのだろうか?