結局、録音の音質向上・奏法のピリオド化・解釈の主観主義から客観主義への転回という
3つの流れがフルトヴェングラーからラトルに至るこの50余年で行き着くところまで行き着いた
わけだ。で、フルヴェンも現在も行き過ぎであることは間違いなく、その間のどこかに
絶妙な中間点が最適解として存在する。

その最適解とはアッバード、ヴィーナフィルハーモニカーによる全集であると思う。