【追悼】ローター・コッホの名演【BPO】
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0453名無しの笛の踊り
03/09/27 12:57ID:???1948年にミュンヘンで生まれ、13歳からオーボエをはじめる。
1965年、17歳のときに「第1回全国的な若い音楽家のためのコンクール」
木管楽器部門で優勝ととも米・ミシガン州の国際音楽キャンプに参加するための
奨学金を獲得した。
1967年、19歳から、ミュンヘン音楽大学でオーボエをマンフレート・クレーメントに師事。
1970年に試験を受けマスタークラスに進学する。この間、1968年にはダルムシュタット
国際現代音楽祭の夏期講習に参加。ハインツ・ホリガーのクラスに参加した。
1971年、21歳。ミュンヘン音楽大学を首席で卒業、ケルン放送交響楽団の
代理首席奏者に就任。(その後、75年に首席オーボエ奏者に昇進した)
この頃に、デトモルトでヴィンシャーマンの教えを受けている。
1972年に、バイエルン州の若手演奏家に贈られる奨励賞を受賞。
同年、ミュンヘンで行われたARDコンクール(通称ミュンヘン・コンクール)で
1位該当者なしの第2位に入賞した。
1977年の秋、26歳でベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーに加わる。
1980年には、29歳でカール・シュタインスの後をうけて首席オーボエ奏者に就任。
ベルリン・フィルハーモニー・ソロイスツと、1983年にはアンサンブル・ウィーン=ベルリンに
参加。1981年からは、ベルリン音楽大学で教授職につく傍ら、カラヤン・アカデミーでも教鞭を
とる、オスロ・フィレンツェ・東京・ザルツブルク・ウィーンでもマスタークラスを開設していた。
ソリストとしても世界中に客演している。85・87年にはNHK交響楽団に客演。
この間、カラヤン・アカデミーではアンドレアス・ヴィットマンを教えている。
1989年4月のカラヤンのBPO辞任では、最後まで楽団理事として話し合いを
続け、険悪になっていたカラヤンと楽団との関係修復につとめた。
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