俺ははっきり言ってウィーン派なので、このスレの人々とは不倶戴天の敵に
あたるだろう。それでもローター・コッホだけは、尊敬せずにはいられない。
その演奏には神々しいまでの気品が満ち溢れていた。(どうしても手に入らない)
60年代のモーツァルトの四重奏は忘れられない名演であるし、
やはり60年代のベルリン・フィルの演奏でも、なにやら際立って格調の高い
オーボエが聞こえてきたらそれはコッホかなと想像してみたりするなど、
格別に大きな存在だった。上品ぶって乙に澄ましているシェレンベルガーなぞ、
コッホの足もとにも及ばないし、やたらペダンティックで嫌味な宮本文昭なんか
問題外の外で糞食らえだ。ホリガーにもまったく興味はない。でも、コッホだけは
違う。何かが違うのだ。ウィーン・フィルにどこまでも入れあげている俺は
それ以外の流派のオーボエには基本的に何の関心もない。愛するのはただ一人
カール・マイヤーホーファーで、愛すればこそ世界に二つとないあの独特の響きに
神経まで溶かされてしまう。コッホを聴いてもそこまでのめりこむことはないが、
なにやら思わず居ずまいを正したくなるような厳粛さがそこにある。これは
マイヤーホーファーに対してすら抱かなかった感情だ。深く共感している
マイヤーホーファーには愛、そしてコッホには尊敬というところだろう。
だからこそ、もっとコッホについての熱い思いを聞かせてほしい。