>>405 >殺人事件の新聞記事にも非常に興味を持っていたようだ(ソースは忘れた、スマソ)。

「一八六七年にメキシコで射殺され、その運命にブルックナーが奇妙なほど興奮して関心を寄せていた、
不幸なマクシミリアン皇帝の遺体がウィーンへ移されたとき、ブルックナーは、開いた柩に横たわっている遺体は、
ガラスによって隔てられることなく、直接参観できるのかどうか、リンツから電報で問い合わせている。
まさにこの時だけは、彼はすぐウィーンへ旅立てるように準備していた。」

>>405が言っているのはこの事だろうか? ソースは>>403と同じ本、p30。あと、>>403のソースはp30,32の間違いだった。
p31は、「13歳のブルックナーの母へあてた手紙の草稿,1837年12月」、という写真。13歳とは思えない達筆ぶりだ。