チェリビダッケは勘違いだと思うのだ。この曲の1楽章はマーラーではないのだから、
体位線はもっと自然に流してモーツァルトのように演奏すべきなのだ。また、3楽章の
大音響(カタストロフといわれるクライマックスの所)は、咆吼して拡散してはいけない。
圧力で高密度に押してくるようにするものだ。「展覧会の絵」のカタコンベならチェリ流
もありだとは思うが。

反対に、意外に上記の点を踏まえているのがバーンスタインだ。