続き>ワリトニャンスキー氏
>気迫とか存在感とかプレゼンスとかいう言葉で表現されるような
>部分にこそ言葉ではなく音楽的な本質があるような、

多かれ少なかれ、作曲者と聴衆の感情的な側面が音楽には存在している
ことは疑いありません。
しかし、徹底的な考察を抜きに、このような抽象的な言葉を使うのは
思考の停止だと考えます。熟考の後、どうしても説明できないことを
ブラックボックスにするのは仕方ないのですが、最初からそこに向かうのは
逃げと同義でありましょう。

また、存在感やプレゼンスというものは、他の芸術作品にも存在しえます。
ARTの定義にはなりうるかもしれませんが、音楽の定義からは
離れてしまうと感じます。

例えば、人間の本質を「水・脂肪・カルシウム・タンパクシツの結合体」と
定義することに似ています。この定義は哺乳類の定義であり、人間のみを
説明していません。従って、人間の本質にはなりえないのです。