たとえば(またしても陳腐な例で恐縮です)、
「他者」に口笛も聴かせたことのない音楽家がいたとします。
部屋にひとり籠って、発表するつもりのまったくない楽譜を延々書き続けている
作曲家(彼は書いたそばから楽譜を焼き捨てるかもしれない)。
また、ステージにあがることをこれっぽっちも夢見ない、
いや、「他者」の頭の両はしにも耳がくっついてる、それすら忘れかけている演奏家。

果たして、彼らの音楽がひょんなことから社会に晒されたとして、
「他者」の感動を獲得できたりすることがあるのでしょうか。

    _, ._
  ( ゚ Д゚)   ガシャ
  ( つ O. __
  と_)_) (__()、;.o:。
          ゚*・:.。
ぜ  ん  ぜ  ん  あ  り  得  る  。  。  。

>>245
は、>>234へのレスなのですよね、かくにん。
>聴衆を感動させることを狙った演奏なんて気持ち悪いよ。 吐き気がする。
聴衆を感動させること「だけ」を狙った演奏、なのであれば同感です。
そうした音楽のあり方があるのだとすれば、それはコミュニケーションでもなんでもない。
そんなふうにウソウソした、空々しい演奏は、犬にでも喰われろです。

>>246
ひょっとしたらあなたの言い方は、すべての「批評」の首を吊らせるかもしれない。

長文のうえにとんちんかん、矛盾もあって、ほんとにスマソ