>>206
たいそうですね、でもわけわからん

私小説でない小説に「自己表現」はないの?
「私音楽」ばかりが重視されてるの?
「私音楽」でない「音楽」とは。それは数学みたいなものなの?
で、それがクラシック? 「絶対音楽」?
「自己表現」でない「表現」て、そんなんあっさり区別できるものなの?

「絶対音楽」てタームは、クラシックが、
楽譜(紙ペら)に還元しちまえるかもしれないもんだっていう
居心地の悪さからからくる方便にしかすぎない気もする

私たちがボロボロ泣かされたりするときの演奏家の「解釈」は、
「私」とは関係ないの?

建て前にしろ、まんいち、楽譜に音楽の本質がすべておさめられる、
なんて思われる方がいるのだとしたら、それは、
音楽への冒涜だと思うし、作曲家への冒涜だと思います

私、とんちんかんすぎですか?

どなたか、「絶対音楽」という言葉が輸入されてから根付き、で、
いまは、こんなふうに使われてるっていう経緯をわかりやすく解説きぼん

音楽の本質、の議論を助けると思うのですがいかがでしょうか

とかなんとか、さんざっぱら煽ってみるテスト