工房当時、実家の事情で親戚の家に居候しながら学校へ通っていた。
親戚とは微妙に馴染めず(やりとりは穏やかだったが、お互いに気を遣い合い、ぎこちなさが無くならなかった)
またそれまで音楽好きだったが、居候の身分であることからステレオもなく
音楽もろくに聴けないという窮屈な環境だった。
また自分の食費や生活費などを少しでも返すためにバイトに明け暮れていた。
そうやって音楽が自分の生活から遠ざかっていくことに、最初はストレスを感じつづけていたが
しばらくするうちに、平気になっていった。

ある冬の寒い日、下校時間にチャペル(学校はミッション系だった)で、親しくしていた先生と話をする機会があって
いつものように近況話や馬鹿話をしていたが、どういうわけか一度もした事のない音楽の話になった。
それで自分の今置かれている状況みたいなのを話してヘラヘラしてたら、先生は何もいわないでレコードをかけはじめた。


kyrie eleison


冒頭の音を聴いてしばらくすると涙がとめどなく流れた。

ああ、全然平気なんかじゃなかった。自分に嘘をついていた。
自分がこんなに音楽を欲していたなんて思いにもよらなかった。

合唱や管弦楽の響きが一つ余さず沁みた。
自分の心臓を鷲掴みされたような感じで、身動きできなかった。

そのあと先生はそのレコードをくれた。そして自分はそれを聴くために親戚に、
バイト代で買いたいものがあるからしばらく生活費は払えないと告げた。
もとより払う必要がないと言っていた親戚だったが、なぜかそのときは嬉しそうな顔をしていた。

そしてステレオを揃えてそのレコードを聴けるようになったのは実に六ヶ月後だった。
そのレコードの名前は

オットー・クレンペラー指揮 J.Sバッハ ロ短調ミサ