おれ、いわゆる「有名私立中高」の教員だし、先月は入試監督もやったけど。

「子供を日能研に入れてる」ことをステータスと感じるやつがいることに驚き。
「日能研」など、大衆の、あるいはプロレタリアートの象徴。
あのおそろいのカバン、さながら人民服のよう。

このキーワードを使っているだけで、すでにいわゆる本物の「知識人」は
自分と違う階層の者であることを見抜いているはず。

あ、そもそも本物の知識人はこんなところに来ないか。