>歌が1フレーズ終わると、オーケストラトゥッティが「f」で「光」を当て
>夜の女王の 2フレーズ目の最初の言葉「Tod(死)」を浮かび上がらせる
>(この瞬間、伴奏は「p」に落とされている!)
あのね、オペラの伴奏なんだから歌が入ったらオケはピアノに落ちるのが当たり前なの!
ましてコロラトゥーラ極限の技巧が要求されるこの曲でオケを大きくしたら歌手がつぶ
れてしまうことをモーツァルトが知らないわけないでしょうが!
ていうか作曲家なら誰だってそう書くの。それで歌手がワンフレーズ終わったら客の耳
をオケに向けさせて歌手にゆっくりブレスさせるためにオケをフォルテにするのが当た
り前なの!
それから曲の分析(アナリーゼ)っていうのは弱音の箇所と強音の箇所を小節数で指摘
して終わりじゃないの。コードの配置や展開、隠された転調や主題の変奏を解き明かし
たりしないと駄目なの。
自筆譜を尊重して音を変えたりしてるようだけど、出版譜の欄外注をそのまま鵜呑みに
してるだけなんじゃないの?写真製版の自筆譜に当たったの?早書きかつ汚いことで有
名なモーツァルトの自筆譜なら(本人の意に反して)ヘ音記号のGが一本ずれてB♭にな
ってたり、DがF♯になってたりすることはママあることだよ。自筆譜をもとにするのは
当然としてその音が主音なのか第三音なのか第五音なのかという観点から検討した?そ
れによってはコード感がモーツァルトのそれではなくなってしまうよ。自筆譜のミスを
そのまま音にしたらそれはモーツァルトへの冒涜じゃないの?????