>休廷楽長 殿
・宗教都市というのはバチカンやメッカみたいなものを言うのでは
 ライプツィヒは聖地でもルター派の拠点でもないよ
・ライプツィヒ時代のバッハは
  教会暦に基づく、カンタータ(5年分といわれる),受難曲等の作曲
 →コレギウムムジクムとの活動
 →創作活動の総決算
 のように創作活動の重心を移動させている
 そして、カントルとしての公務もきっちりこなしていた
 職場での摩擦はいつの時代でも、多少はあるもの
 ストレス→卒中は推論に過ぎない
・正統派VS敬虔派についてだが、
『ヨハネ』第4稿の歌詞を一部差し替えてるように
 がちがちの正統派だったとは思えない

エマヌエルについては納得していただけたようでつね