>休廷楽長 氏
・「テレマンを真似た」は少々煽りだったかもしれぬ
 しかしベルリン時代にプロイセンソナタ集、ヴュルテンベルクソナタ集を
 「ゴルトベルク」と同時期に出版し、教則本「クラヴィーア奏法」(1753/56)
 が大ヒットしたのも事実
・ある作品の販売代理店の所在地は19都市におよび、印刷したブライトコプフ社
 はモスクワ,ウィーン,ワルシャワ,ロンドン,プラハ,ストックホルムにも
 販路をもっていた。
・テレマンが存命中、エマヌエルを後継者に指名していたことは事実だが、
 市当局の選考の手続きがあったのも事実。単に前任者が指名しただけで
 先進的な都市の音楽監督になれるわけがない
・フリーデマンを悪く言うのはやめれ(w『貧すれば貪する』ものだ
 ゲック本でも父の作品について言われているほど悪く扱ってはいないとある
 天才肌である彼の作品が、悪名のため過小評価されているのもまた事実
・父バッハは頑固者だし、テレマンが社交家で人あたり良かったのは事実
 フリーデマンが傍若無人で、エマヌエルが文化人で経済人だったことも事実
 父バッハがハンブルクやドレスデンでポストを得たとしてもトラブルメーカー
 だっただろうし、テレマンやエマヌエルがトーマスカントルになっていたら
 社交術や改革路線でそれなりにうまくやっていたはず。