さて、上の方のレスに当字とはなにか、についての辞書から引用を書いてあるものがあった。

それによれば、当字とは
  >漢字本来の意味に関係なく、
  >その音、訓だけを借りて、ある語の表記に当てる漢字の用法。
  >借字。「浅増(あさまし)」「目出度(めでたし)」の類。
  >  1988.国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988.
とある。

  「漢字本来の意味に関係なく」、とある。

ところで、漢和辞典を引く限りでは「観」には「みる」という意味がちゃんとある。
そしてまた、『観』は漢文読み下しでも「みる」とよむ。
(同様に 看る も 視る も 発見。 
      診る、については辞典の『診』のところに「みる」という訓が入っていた。
      「当用漢字音訓表及びその補正案」に「診る=みる」とあるらしい。)


 素人の辞書や辞典を手探りしながらの考えではあるが、
 少なくとも以上からは

 「見る・看る・視る・観る・診る」 はいずれも
 選ぶ漢字によって少しずつニュアンスが違うけれども
 漢字の意味と読みが「みる」であってもべつにおかしかないとおもうが。

(ひいた漢和辞典は 角川 新字源昭和43年初版の昭和54年にでた135版)