現場の事情はともかくとして、宇宿の才能に一聴に値するものがあるとするなら、
現場の方もそれに歩み寄る努力も必要なような気もする。
少なくともお金を払って演奏会を聞きに来る人があれだけいるのだから、
それらを一笑に付して排除の論理をいくら積み重ねても、
それになにかおおきな意味でもあるのだろうか。
異端を排除し続ける事よりもそれらを包み込んでいくのも大切だと思う。
宇宿との遭遇もマンネリ化した音楽会にけっしてマイナスだけではないと思う。
むしろプラスの要素の方が実は多いのではないのか。
まずは演奏会へ足を運びその耳で確かめてみることからだ。