☆☆☆サイモン・ラトルについて語る☆☆☆
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0400名無しの笛の踊り
03/03/17 15:43ID:???『トスカニーニが何を目指していたのか、それは私には、分からない。』
これは、トスカニーニーを揶揄したのではなく、
トスカニーニーの洞察、表現のレベルが高すぎて、自分の感性では
『分からない』という事実を率直に吐露している。
つまり、トスカニーニという音楽の神にも近い存在を
憧憬しつつ、自分はそれを体現できないことを自覚していたのでしょう。
だからこそ、彼は彼がそのレベルに到達できそうだという予感を感じさせてくれる
新進の才能たちを愛し、擁護したのでしょう。
その意味でカラヤン氏は、芸術の真髄の体現者ではありえませんでしたが、
芸術の擁護者として、見事にその責務を果たしました。
そして、トスカニーニ死後四十余年を経て、
世界の桧舞台に、真の芸術を体現した指揮者が現れました。
それが、ラトルであり、ハーディングです。
分からないから、カラヤン氏は、自分の『分かる』範囲で
自分の音楽を構築したんです。
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