☆☆☆サイモン・ラトルについて語る☆☆☆
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0384名無しの笛の踊り
03/03/16 22:30ID:???問題はそれが感動につながるかどうか、と言うことだと思うのです。
私は音楽を聴いて感動する、ということは
とくに再生芸術としてのクラシック音楽にはもはや望むべくもない時代に入ったと考えています。
というのは大方の解釈はほぼ出尽くしているわけであり、昨今のピリオドアプローチが
唯一残された鉱脈でしょう。あとは、演奏の細部の差異にこだわる、
いわば骨董品の目利きに近い楽しみ方しかできないのでは、と思います。
そんなことはない、感動する演奏はいくらでもある、という人もいるでしょう。
しかしそれは、所詮カラヤンやフルトヴェングラー(あるいはヴァントやチェリでも
かまいませんが)が通った道をなぞっているだけに過ぎないのです。
そこには新しいものを生み出す苦しみはありません。もはや芸術とは言えないのです。
悲観的に過ぎるかも知れませんが、巨匠と言われた人々の物故した現在、
再現芸術としてのクラシックが生き残るのはそうしたアプローチしか
残っていない、そういう状況を体現しているのがラトルという指揮者だと思います。
ある意味、悲しいことではありますがこれが我々の生きている時代なのです。
そしてこういう閉塞状況はクラシックに限らず、あらゆる芸術分野で起こりつつあることと言えます。
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