みんな、早く気付けよ。

そもそも日本語はクラシックと融合し得ない、ってことに。
スペイン等のように歌詞のない国歌を作るんならともかく、
日本語の歌詞がある限り、(西洋の言語を前提に発展した)クラシックの様式は通用しない。
もともと雅楽をもとに作られた旋律に、むりやり西洋音楽の和声を付けたから
こんな妙な国歌になっちまったんだ。

編曲者のエッカートは「日本という国を考えるに、歌い出しに複雑な和音を付けるよりは、
単旋律で始まったほうが良い。始めがそうだから終わりもそうした」
と言ったそうだが、西洋の和声法では処理しきれなかったからそのまま残したとしか思えん。
途中の和声も、音大の和声法中級のソプラノ課題の模範解答って感じで、特に面白みはない。
小中学校の音楽教師レベルだ。

とにかく、クラシックの和声法で日本語の曲を作ることは無理だ。
歌詞抜きか外国語にするか(それではそもそも国歌にはならんが)しか方法がない。

>>1よ、わかったか? クラで国歌を、なんて世迷言言ってるヒマがあったら、
もうちょっと音楽と言語学の勉強をせい。

長レス&マジレスすまそ。