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DGの「グレイト」他の録音時期について。

ジュリーニとシカゴso.との関わりは、54年に当時の常任指揮者、ライナーが招いて以来の古い
付き合いなのですが、DGにシューベルトなどを録音していた時期は、ショルティが音楽監督に
就任した1969年に”主席客演指揮者”として迎えられます。(〜73年まで)
その後も、断続的にシカゴso.との関係は続くのですが、78年にDGとの専属契約が結ばれた前後、
75〜78年にかけて、ムソルグスキーの「展覧会の絵」、マーラーの第9番(76)、プロコフィエフの1番
(76)、ドヴォルザークの9番「新世界」(77)と、8番(78)、シューベルトの9番「グレイト」(77)、4番「悲劇的」
と8番「未完成」(78)、などが録音されました。

ちなみに、ライナー亡き後のシカゴso.は、ジュリーニに音楽監督就任を要請しましたが、本人は、
子供の教育と家族との生活などを理由に固辞、”主席客演指揮者”着任は、ショルティの希望でも
あったと伝えられています。

この後、メータがニューヨークに去ったロスアンジェルスpo.が、正に「三顧の礼」でジュリーニを
常任指揮者に迎え入れることに成功します。
79年のオープニング・シーズンに、「ロスはジュリーニの街になった!」という大キャンペーンを張った
ことは、今でも語り草です。
ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」(78)や、6番「田園」(79)、5番「運命」(81)、ドビュッシーや
ラヴェル(79)、シューマンの3番「ライン」(80)、ブラームスの2番(80)と1番(81)などの名盤を生み出す
ことになります。

以上、すべてDGへの録音。