>>82
何をもってあの「仮面舞踏会」が「平凡」な出来なのか?
カヴァッツェーニ盤との比較であるなら、それはあまりにも酷だ。
それに何をもって「凡庸」とするのか?
ではカラス、コレルリ、ヴィスコンティらは、
その凡庸な指揮者を信頼して度々仕事を共にしたと?

どちらが「平凡」かをあえて選ぶなら、それはジュリーニの方だろう。
ジュリーニの演奏は、むしろそこを目指しているかのように聞こえる。