長木誠司助教授 #4
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0084センセの詔 1
03/01/07 07:25ID:???180. 2002年12月30日(月)
「対話の努力」
北朝鮮はつくづく対話のしがいがない国だなあ、と残念に思ってしまいますね。などと、凡庸なことを言ってもはじまらないし、アメリカ流の「力による封じ込め」だって
偉そうに威張れないとは思うのですが、来年はこの問題、どうなってゆくのでしょうね。いよいよきな臭くなってきました。
なんてことを考えていたら、ひとつ思いだした件がありました。年内に出してしまいましょう。
『ExMusica』のコラムに対して、ネット上で批判してくださる方が(ほんのときたまですが)あります。直接書いてきてくれれば、こちらも対応できるのですが、なぜかそれはなく、
なかにはひとりで勝手に憤っているひとがいて、
なぜこうなのかなあ、と残念に思ってしまう。そういう面に開かれようとする努力は、いつも報われません。ぶつかることが苦手な日本人気質?でも、本人の知らないところで勝手に批判しても、
仕方ないのにねぇ。それも読み違えから、孤独に憤られても、こちらとしては困ってしまう。
というわけで、「ともとも」という方のHPに対して、以下のようなメールを書きました。書いたのはちょっと前で、10月なかばのことだったかな。コラム2回目に対する批判でした
(以下のメールのなかにも書きましたが、杜撰な読みなので「批判」にもなってませんけれど、たぶん対象への強い愛情が、こういう誤解・曲解を生むのでしょうね、それは理解できます)。
本来ならば、『ExMusica』のHP上に書くべきなのでしょうが(そして、そういうことをあのHPは目指してはいるのですが)、
残念ながら直接そちらにいただいたものでもないので、日記としてこちらに挙げます。また、このあとご本人からは丁重なメールをいただいて、そのあと数回のやりとりがあり、
お互いに誤解は解けましたが、ここに挙げるのは私からの最初のメールだけです。
HP上の生産的な対話はどうあるべきか、私にもそれはまだ分かりませんが、ひとつの例、考える材料としてお読みください。そして、みなさんもお考えください。
私のコラムの書き方自体にも、たしかにいろいろな反省点はありますので。
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