>例えば、武満徹のようなひとの関わる映画(およびTV)は、やはり当時として
>も〈芸術〉性の高いもので、アニメではなかった。そのあたりに、やはり矜
>持を崩さない作曲家の一線を読みとれるし、アニメではないが『コメットさ
>ん』主題歌を担当している湯浅譲二とはまた違うものを感じてしまう(もっ
>とも、これも結局アメリカに職場を見出さざるを得なかった湯浅の、生活の
>ための仕事ではあったわけだが...)。

これはどう読みとったらいいのか。
湯浅ファンとしてはかなり悲しい表現だし、湯浅自身もこう書かれては納得
できないと思うのだが。

だれか解説してくれ。マジで。