946の続き

けれどもゴードン・パリーはインタビューで、ショルティは自伝で、カル
ショウの著作が発表されてから約30年後に、それぞれカルショウの記述
とは異なる説明をしている。それらによるとワルキューレ第3幕制作の後、
DECCAの社主のローゼンガルテンはショルティに対して、ワルキューレ全
曲の制作をクナッパーツブッシュで始めると告げられたというのである。
さらにパリーはこうして始まったワルキューレの収録で、カルショウと
クナの関係が悪化し、結局この制作が第1幕だけで終わってしまったと
語っていた。
そして「ラインの黄金」の収録がショルティの指揮で始まったのだった。
このラインの黄金の制作開始とワルキューレの中断後の時間が短いことを
勘案すると、ラインの黄金は、予めクナッパーツブッシュの下、制作する
ワルキューレのために契約した歌手たちと時間を転用して制作されたもの
ではないかと考えられる。フラグスタート、スヴァンホルム、(第1幕に
は登場しないが)ジョージ・ロンドン以外の歌手はほとんどウィーンの歌
手で賄われていることも、この推理を後押しする。急場をしのぐうえで信
頼できる指揮者として再びショルティが選ばれたのではなかっただろうか。
ラインの黄金に続いて、カルショウたちは引き続きワルキューレの制作を
計ったが、ここでDECCAと提携関係にあるRCAがワルキューレを制作したこ
とを理由に、ローゼンガルテンはワルキューレの制作を許さなかった。
そこでトリスタンの録音が行われることになった。カルショウは著書の中で
「トリスタンの録音にクナッパーツブッシュを使うべきではないと会社に
進言しなければならなかった」と記している。すなわち、ラインの黄金制作
完了後もクナによるワーグナー制作が企てられていたことを証すものである。
ニルソンの独唱によるクナッパーツブッシュ/VPOのトリスタン抜粋(LP1枚分)
の録音の存在がこの辺りの推移の副産物として遺ったのではないだろうか。

またもや長文投稿スマソ!