アシュケナージが「チャイコのピアコンは、オグドンみたいな技巧だけの
ピアニストが弾いてりゃいい」みたいなことを言ってた。
アシュケナージにとって、オグドンはトラウマになってたのかもしれない。
本人もソ連当局も優勝を疑わなかったコンクールで、全く理解を超えた
イギリス人ピアニストと首位を分け合わざるをえなかったのだから。
アシュケナージはオグドンを凌ごうとして、結局それを果たせなかった、
哀れなピアニストだったのではないか。