>>203
ソリストだけは最悪です。

>>204
ソプラノ:ダグマール・シェレンベルガー
メゾ・ソプラノ:ナターシャ・ペトリンスキー
テノール:スチュアート・スケルトン
バリトン:アンジェイ・ドッバー

>>212
佐渡の第九などとは対極ですからね。
忘年会の酒がわりの第九というものを否定はしないけど、
大野の第九はそういう第九とは志が違う、といって語弊があるのなら、
コンセプトが違うとでもいえばいいのかも。

でも聴衆だってその気迫が伝わってくるから、
最初は「まあとりあえず今年も第九を聴きに来たぜ」みたいな雰囲気が、
徐々にぴーんと張りつめていく様は面白かった。
第二楽章からは、もう大野の指示とN響の呼応とが完全にシンクロしている感じ。
テンポやアゴーギグなんか、今まで聞き慣れた第九と随分違うし、
アンサンブルも非常に緻密に構築していたから、第九のスコアを見せられているような観すらあった。

>>214-215
N響のスタイルに大野が引きずられた所も無いとは言えないが、
他の指揮者とは比較にならない程コントロールしていたのは確か。
東フィルだったらテンポやディナーミクなど、所謂歳末第九演奏スタイルからもっと決別出来たと思う。
でも全体としては大野の思うがママだったと言って良いのでは?