ロザンタールの本によりますと
サーンスは第一次大戦次にドイツ=オーストリア人作曲の音楽を演奏禁止する運動みたいのがあって
それの名誉会長をしてたそうです。
戦地に赴いていたラヴェルにも規約と入会案内がとどいたそうですが
ラヴェルは当然のごとく反対したわけで「戦地より」という手紙で返信をしています。
それを見たあろうサーンスはいい思いはしなかったでしょうね。
でもラヴェルは音楽的にはサーンスを尊敬していたとこの本には書いてました。