とはいえまあ基本的に自分のスタンスは>>44なんで
別に楽譜なんか読めなかろうが素養があろうがなかろうが音楽は楽しめるものだと思うし
実際には誰でも好きなように捉えて感想も好き勝手言えばいいんじゃないと思ってるんだけど
物事ってのはなんでもこちらから歩みよらなければ
そうおいそれとは理解させてもらえなかったりもするもので
またそういった努力に対して裏切らないだけの深さを持つものだからこそ
時代や空間を越えて人々を惹きつけてやまないというのもまた事実でしょ

もちろん作品の理解に努めるにあたって楽譜を読むことだけが十分とも思わないし
あるいはそれを他人に押し付けるつもりもないんだけど
良くも悪くも楽譜という媒体を介してその存在を担保されている類の音楽の
その楽譜の不完全性と引換えに与えられた奏者による主体的解釈の可能性と
それにより新しい息吹を吹き込まれるというダイナミズムに着目するあまり
楽譜が作曲家が伝えたかった何かを理解したり想像したりする上で
少なくとも任意の演奏に接することで得られる情報と比べ
その理解や想像により確からしい客観性を与えるソースであることを否定するとするなら
楽譜というメディアに託すことで時空間を超越しようとした作曲家達による音楽でもあるところの
クラシック音楽というものの本質を一方で見誤ることになるんじゃ?

長文でゴメンね
まあ後は適当に罵倒して(笑)