なんか論理性が脆弱だったり恣意的な解釈による誤謬まみれのレスも少なくなくて
逐一指摘するのも面倒で気後れしちゃうんだけど
例えば他人の意識の存否とか厳密に客観的な判断が可能だと思う?
客観的な判断というのは実のところ
便宜上あるいは慣習上○○なら××とするという1つの価値体系や定義のシステムに過ぎないでしょ
だいたいまっとうな社会というのは客観的に語り得ない事物については
オープンクエッションにしておくものであって
ましてや客観性の有無が文化の価値判断の際のクライテリアになるわけじゃない
ちなみに>>508>>558で言っているのは客観的な「正当」性ではなくて
伝統的・慣習的な価値体系や規範を「正統」という語に置き換えて
それを純粋に主観的な理解というものに対置させているだけなんだけどね

作曲家の頭の中で奏でられている音楽を
自分の頭の中で忠実かつ純粋に客観的な形で再構築することは不可能だとしても
作曲家の頭の中では理想的な音が鳴ってるのは事実なわけで
しかも「作曲家がそれを他者に伝達する手段として楽譜という媒体を用いている場合」は
それについてあれやこれや論評したいなら
外在化された一次的ソースであるところの楽譜にあたるなんてのは当り前の話で
基礎的な素養がある程度身についていて
作品と演奏を切り分けて捉えられる程度の能力を既に持ち合わせているというならともかく
全く楽譜なんか読めなくたって自分は作品が理解できるなんて言ってるほうが
よっぽど尊大かつ滑稽な話だと思うんだけど?