>>398
ある演奏と楽譜を見比べて、ここが間違っている。ここがカットされた。というのと評論とはあまり関係ないような気がするな。コンクールの審査員の仕事みたいだ。

また、
故人の作曲家の楽譜が「読めた」 → とある解釈を得た(私的には間違いない) → だからといって、その解釈が正しいわけではないだろう。
どこのその解釈が「正しい」根拠があるのだろうか?
解釈の「正しさ」を根本的に突き詰めていけば、結局個人の思い込みとなり、その思い込みが、「この世で多数の支持を得るかどうか」ということだろう。
要するに「相対主義」

チャイコフスキーの第6番の第四楽章の演奏速度について、2つの説がありますよね。どちらかが間違っているはずなんだが、どちらも説得力あるように聞こえるわけだし。
ブルックナーの改訂版ありますよね。改訂版だけ聞いていれば、そんなに変とは思わないのでは。

まとめると「突き詰めれば個人的な感想」と「それが多数の支持を得るかどうか」
「多数の支持を得るかどうか」のときに「私はこの楽譜を徹底的に研究して」っていうのは、誘い文句として最高と思う。