カラヤン嫌いというのは評論家の高説に影響があるのでは
と思う節あり。嫌いだから聴かないってのがほとんどでは
ないか。演奏というものでなくカラヤンの哲学・人間性が
大いに影響しているのではないか。そしてある評論家が嫌
いといえば聴きもしないで嫌いという見解を述べる。
 カラヤンを好きだということは「素人」の極みと思われ
てしまうのでフルトヴェングラーがよい、クナッペルツブ
ッシュが良いということを言うのではないか?彼らは偉大
ということは事実。拝金主義だとしても否定するのはいかが
なものか?